「山田課長、お時間よろしいでしょうか」
「山田さん、お時間よろしいでしょうか」
同じ相手に話しかけているのに、受ける印象はかなり違います。
2026年10月2日に文化庁が公表した「国語に関する世論調査」で、職場の上司の呼び方について興味深い結果が出ました。
会社で部下が課長に呼びかける場合、最も望ましいと思う呼び方を聞いたところ、「課長」が62.9%で最多。一方、「名字に『さん』を付ける」は25.5%、「課長さん」は6.4%でした。
さらに20代では、42.5%が「名字+さん」を選んでいます。 ライブドアニュース
「若い人は上下関係を嫌うようになった」と片付けるのは簡単です。
でも、人事や組織運営の視点から見ると、この数字は単なる呼び方の変化以上のものを表しているように思います。
「さん付け」は30年で約3倍に
今回の結果で注目したいのは、変化の方向です。
「名字+さん」を望ましいと答えた割合は、1996年度8.8%、2015年度16.0%、2025年度25.5%と増えてきました。ただし文化庁の調査は途中で調査方法が変わっているため、単純な時系列比較には注意が必要です。それでも、「さん付け」を受け入れる人が以前より広がっている傾向は読み取れます。イマトレンド
一方で、「課長」が62.9%なのですから、
「もう役職で呼ぶ時代ではない」
とまで言うのも行き過ぎです。
ここが今回のニュースで面白いところです。
「さん付けが正しい」「役職呼びは古い」という話ではなく、職場で人間関係の距離をどう作るかについて、世代による感覚差が大きくなっていると考えた方が実態に近いのではないでしょうか。
なぜ若い世代ほど「さん付け」を選ぶのか
考えられる理由の一つは、職場に求める関係性の変化です。
「部長」「課長」と役職で呼べば、その人の組織上の立場が一瞬で分かります。
一方、「山田さん」と呼べば、役職よりも個人を前に出す印象になります。
実際、企業の中には、役職に関係なく「さん付け」で呼ぶことによって、上下関係を意識し過ぎず意見交換しやすい職場を目指している例もあります。NJS
ただ、ここで一つ疑問があります。
呼び方を「さん」に変えれば、本当に職場はフラットになるのでしょうか。
私は、そこまで単純ではないと思います。
「さん付け」なのに意見を言えない会社もある
全員を「さん付け」にする。
社長も部長も課長も「○○さん」。
見た目だけなら、とてもフラットな会社に見えます。
でも、
「山田さん、それ違うと思います」
と言ったら怒られる。
会議で反対意見を出したら評価を下げられる。
ミスを報告すると責められる。
若手社員が提案しても「経験がないから」と聞いてもらえない。
そんな会社だったら、呼び方だけ「さん」に変えても本質的には何も変わりません。
逆に「部長」「課長」と呼んでいる会社でも、
「どう思う?」
「分からないことがあったら聞いて」
「それは私の判断ミスだった」
と上司が言える会社なら、部下は意見を出しやすいかもしれません。
つまり、
フラットな職場かどうかを決めるのは敬称ではなく、実際のコミュニケーションです。
「さん付け=心理的安全性が高い」ではない
最近、人事の世界では「心理的安全性」という言葉をよく聞くようになりました。
ただ、ここにも誤解があります。
心理的安全性とは、単に仲が良いとか、上司と友達のように接するといった話ではありません。
重要なのは、
「分からない」と言える。
「間違えました」と言える。
「私は違うと思います」と言える。
必要な報告や相談を、立場を過度に恐れずにできる。
そうした状態です。
だから「全員さん付けにしました」で終わってしまうと、制度だけ変えて中身が変わらない可能性があります。
呼び方を変えることは、職場を変える方法の一つではあっても、目的そのものではありません。
役職で呼ぶメリットもある
一方で、「役職呼び=古い文化」と決めつける必要もありません。
例えば複数の部署が参加する会議では、
「営業部長」
「人事課長」
と呼ぶことで、その人の役割や責任が分かりやすくなります。
新人からすれば、「この問題は誰に相談すればいいのか」を理解しやすいという側面もあります。
また、ずっと役職名で呼んできた職場へ突然、
「今日から全員さん付けにします」
と指示しても、社員が違和感を持つ場合があります。
会社には歴史や文化があります。
新しい方法だから正しい、古い方法だから間違い、という二択ではありません。
本当に問題なのは「呼び方を強制する空気」
私がむしろ気になるのは、
「さん付けにするか、役職で呼ぶか」
以上に、
呼び方一つで人間関係が悪くなる職場
です。
「部長と呼ばなかったから失礼だ」
「自分の方が年上なのに『さん』なのか」
「役職があるのに普通の社員と同じ呼び方なのは納得できない」
もしこうしたことが大きな問題になるのであれば、敬称以上に、役職や年齢をどう捉えている職場なのかを考えた方がいいかもしれません。
以前、60代の転職についての記事でも書きましたが、
年齢と会社での役割は別です。
同じように、
役職と人間としての価値も別です。
部長だから人として偉いわけでも、一般社員だから意見の価値が低いわけでもありません。
役職は、会社の中で担っている役割です。
ここを混同しないことの方が、「課長と呼ぶか」「山田さんと呼ぶか」より重要だと思います。
社外では話が変わる
もう一つ注意したいのは、社内と社外を分けることです。
社内で「山田さん」と呼んでいるからといって、取引先との会話でも同じルールになるとは限りません。
社外の人に自社の社員について話す場面では、一般的なビジネスマナーや日本語の敬語表現との関係があります。
会社独自の「さん付け文化」と、社外とのコミュニケーションは分けて考えた方がいいでしょう。
今回の文化庁調査も、職場の望ましい呼び方についての国語意識を調べたものであり、「さん付け」や「役職呼び」のどちらかを法律上正しいと決めるものではありません。 文化庁
「呼び方」を会社が決めるなら目的を説明する
もし会社が、
「今日から役職名をやめて全員さん付けにします」
というルールを導入するのであれば、「さん付けにしてください」だけではなく、
なぜ変えるのか
まで説明した方がいいと思います。
例えば、
「若手社員でも意見を言いやすくしたい」
「部署間の壁を減らしたい」
「役職より仕事内容で協力する文化にしたい」
という目的です。
そうすれば、社員も「ただの呼び方変更」ではなく、会社が目指している職場の姿を理解できます。
そして会社側には、その目的と実際の管理職の行動が一致しているかを見る責任があります。
上司を「さん」と呼ばせながら、
「部下は上司に逆らうな」
という文化なら、制度と現実が矛盾しています。
管理職に必要なのは「どう呼ばれるか」ではない
管理職になったとき、
「部長と呼ばれたい」
「さん付けでいい」
という好みはあるでしょう。
でも管理職として本当に重要なのは、
部下が必要なときに自分へ話しかけられるか
だと思います。
悪い報告ほど早く持ってきてもらえる。
分からないことを質問してもらえる。
違う意見を言ってもらえる。
そこまでできて初めて、コミュニケーションが機能します。
「山田部長」と呼ばれていても、それができるなら問題ありません。
「山田さん」と呼ばれていても、誰も本音を言えないなら意味がありません。
まとめ|「課長」か「さん」かより大切なこと
文化庁の最新調査では、課長への望ましい呼び方として「課長」が62.9%で最多でした。一方、「名字+さん」は25.5%まで広がり、20代では42.5%に達しています。ライブドアニュース
これから、上司を「さん付け」で呼ぶ職場はさらに増えるかもしれません。
ただ、会社が本当に考えるべきなのは、
何と呼ばせるかではなく、どんな関係を作りたいのか。
「さん付け」にすることが目的ではありません。
「部長」と呼ばないことが新しい会社でもありません。
役職や年齢に関係なく、必要な意見を言え、必要な相談ができ、お互いに最低限の敬意を持って働ける。
私は、そこまでできて初めて、
「フラットな職場」
と言えるのではないかと思います。
そして最後に一つ。
あなたの職場では、上司を何と呼んでいますか?
「課長」ですか。
「○○さん」ですか。
それとも、別の呼び方でしょうか。
この問いは、意外とその会社の文化を表しているのかもしれません。


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